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ちょっと多めに買うと、世の中の需給を逼迫させる
原油の供給不足を、ひしひしと感じている。
仕事で使う資材をモノタロウで購入しようとしたところ、
品切れになっていたり、購入制限がついていたりして、
これまでのように普通には買えない状況になっていた。
何か極端な「買い占め」が起きているようには見えない。
しかし実際には、多くの人が
「いつもより少し多めに買っておこう」
と行動を変えただけで、
需給バランスは一気に崩れてしまうのである。
もともと多くのモノは、
需要 ≦ 供給 + 在庫
というバランスで成り立っていた。
少しモノが余っている状態である。
ところが今は、その「在庫の余裕」が薄くなりつつある。
すると一気に、
需要 ≧ 供給
という状態に近づいていく。
平時には、在庫がクッションになる。
しかし供給に不安が生じた途端、そのクッションが消える。
すると、ほんの少し需要が増えただけでも、モノが足りなくなる。
これは非常に厄介な現象である。
たとえば、国内におけるトヨタ車のように、
戦略的に納期をコントロールできる商品であれば、
必ずしも大きな問題にはならないかもしれない。
むしろメーカーにとっては、希少性がブランド価値を高め、
納期が長くても待ってくれる顧客が存在する。
しかし石油製品はそうはいかない。
社会の土台そのものに組み込まれているからである。
不足すれば困る。
だから各自が自己防衛としてストックを増やす。
だが、その行動が世の中全体ではさらに供給を厳しくする。
自分を守るための行動が、結果として全体を悪化させる。
まさに合成の誤謬である。
しかも厄介なのは、理屈としてそれが分かっていても、
自己防衛をやめることはできないという点である。
自分だけ備えなければ、自分だけが困るかもしれない。
そう思えば、誰もが少し多めに持っておきたくなる。
至極当然の購買行動である。
その積み重ねによって、経済は回りにくくなっていく。
そして結局は、手元のストックの有無以上に、
社会全体が暮らしづらくなっていく。
もちろん、理想を言えば脱石油が進めばよい。
だが現実には、そう簡単な話ではない。
とはいえ、こうした厳しい状況になれば、
人類は本気で考え始めるかもしれない。
リサイクル技術がさらに進む可能性もある。
リサイクル材の経済性が高まり、
これまでとは違う資源循環の形が現実味を帯びてくるかもしれない。
一方で、戦争が終結し、石油の供給が安定すれば、
社会はまた元の状態に戻ろうとするだろう。
危機の中で進みかけた変化も、平常が戻れば止まってしまう。
それもまた十分にあり得る話である。
いずれにせよ、今後どうなるかは全く予断を許さない。
今のところ、私たちにできることは大きくない。
少なくとも足元では、できることは節約ぐらいしかないように思う。
それにしても、こうした極端な状況を経験すると、
身を持って経済というものを学ぶことができる。
豊アルケミー株式会社
代表取締役 桐山 宗久