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耳の痛いことを言ってもらえる環境に身を置く
自分を客観視するのは難しい。
だからこそ耳の痛いことを言ってもらえる環境に身を置くことは重要です。
自分自身に対して、意見を頂戴するというのは、必ずしもうれしいことばかりではありません。
自分自身では分かっていつつも、人には言われたくない耳の痛いことはつらいものがあります。
子供の頃は親、先生、先輩などが言ってくれる環境があるのですが、大人になるにつれて、こうした環境はなくなっていきます。
「結婚」
相手は時にやさしく、時に厳しく、自分に接してくれます。
理不尽さで言えば、人生の中でもトップレベルでしょう。
本当に理不尽な場合もあるかもしれませんし、自分にとって都合が悪いが故に理不尽に感じるという場合もあります。
「耳が痛い」という生易しいものではありません。
「自分に耳がなければよかったのに。。」
と感じることもあるでしょう。
この経験をしている人とそうでない人とでは人生の深みが違ってくることと思います。
あくまで一般論です。
「仕事」
上司や顧客は自分の都合を考えずに、無理難題を言ってきます。
ここから逃げてしまうと、責任ある立場にはなれません。
上司や顧客の言い分の根底は「目的の達成」にあります。
そこにコミットすることで実力をえることができます。
自己充足感や幸福感は得るには必要なことです。
マッチョな世界ですが、世の中は基本、弱肉強食です。
愚痴や文句は気分的に一時しのぎになるかもしれませんが、世界は変わりません。
あくまで一般論です。
結婚している。
仕事している。
どちらも耳の痛いことを言ってもらえる環境ではありますが、それだけでは不十分です。
自分自身が素直になって、受け入れる度量がなければ、誰もあなたに何も言わなくなっていきます。
その状態が一番恐ろしいですね。
人間としての成長の機会を失うのです。
人は間違えます。
道を間違えているときに、間違っていることを指摘してもらえることはありがたいことです。
怒る、すねる、反抗する、無視する。
反射的にこうした態度になることは仕方のないことですが、
少し時間をおいて内省して、改める姿勢を持ち合わせていれば
豊かな人生になると思います。
あくまで一般論です。
豊アルケミー株式会社
代表取締役 桐山 宗久