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知らないうちに「老害」になる
「老害」という言葉は、強烈で、できれば自分には関係ないと思いたい言葉である。
しかし私は、人間は年齢を重ねると、自然に老害化していく存在なのではないかと思っている。
特に危ないのは、
「自分は昔から考え方が変わっていない」
と誇らしげに語る人である。
もちろん、一貫した信念を持つこと自体は悪いことではない。
むしろ立派なことでもある。
ただ、その「変わっていない」という感覚は、あくまで本人の主観でしかない。
世の中は勝手に変わっていく
自分自身は変わっていない。
しかし、世の中の常識や価値観、コミュニケーションの前提は、時代とともに変化していく。
すると、同じ言葉、同じ態度、同じ価値観でも、若い頃とは受け取られ方が変わる。
昔は「厳しいが頼れる人」と思われていた振る舞いが、
今では「圧が強い頑固な人」と受け止められることもある。
本人に悪気はない。
むしろ善意ですらある。
しかし「どう見られるか」は、自分ではなく他者が決める。
つまり、老害かどうかも、自分で決められるものではないのである。
肩書きや風貌も人を変える
さらに厄介なのは、人間は年齢だけでなく、立場や雰囲気によっても周囲への影響力が変わることだ。
肩書きが付けば、それだけで周囲は気を遣う。
経験を積み、成功を重ねれば、自然と「重み」が出る。
本人はフラットに接しているつもりでも、相手はそうではない。
こちらが軽く言った一言でも、相手には強い圧力として伝わることがある。
年齢を重ねるとは、単に体が老いることではない。
周囲との力関係が変化していく、ということでもある。
「自分は老害かもしれない」という視点
では、どうすればよいのか。
残念ながら、完全に老害化を防ぐことは難しいのではないかと思う。
どれだけ理知的な人でも、時代とのズレからは逃れられない。
だからこそ大事なのは、
「自分は老害かもしれない」
という視点を持ち続けることなのだと思う。
自分は正しい。
自分は昔から変わっていない。
自分は理解がある側だ。
そう思い始めた瞬間、人は危うくなる。
少しでも、
「今の若い人から見たらどう映るだろうか」
と考えられるだけで、人は多少なりとも謙虚でいられる。
年齢を重ねること自体は悪ではない。
問題なのは、「自分は正しい」と思い込むことなのだろう。
実は「老害」は中年以降のものではない。
学生であっても最高学年となれば、老害が顕在化することはよくある。
豊アルケミー株式会社
代表取締役 桐山 宗久