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『俺は分かってる』が一番危ない

人は、思い込む生き物である。

長年かけて得てきた知識や経験は、多くの場合、とても有益である。仕事でも生活でも、その積み重ねが判断の土台になる。

しかし同時に、その中には間違って覚えていることや、勘違いしたまま身に付いてしまっていることもある。

これは、誰にでも起こり得ることだ。

分かりやすい例が、漢字の読み方である。

ある漢字の読み方を、長年ずっと勘違いしていた。そういう経験は、多くの人にあるのではないだろうか。

頭脳明晰な人であっても、こうした間違いは起こる。

しかも、間違った読み方をしていても、日常生活で大きな支障が出るとは限らない。

周囲の人も、わざわざ指摘しないことが多い。

すると、その勘違いは何年も、場合によっては何十年も続いてしまう。

大切なのは、自分自身にもそうした勘違いや思い違いがあるかもしれない、と認識しておくことである。

そして、間違いに気付いたときには、素直に認めて直すことだ。

 

謙虚さがないと、間違いを直せない

謙虚さがないと、勘違いを改めることができない。

それどころか、自分の知識が正しいという証拠を探し始めてしまう。

間違いを認めるのではなく、自分の正当性を訴えようとする。

これは危険である。

特に業務において、言葉の使い間違いは小さな問題では済まないことがある。

扱うものの取り違え、指示の行き違い、人間関係のもつれなど、さまざまなトラブルの原因になり得る。

言葉は、単なる言葉ではない。

共通の言葉を使うことで、他者との認識がそろう。

逆に言えば、同じ言葉を使っているつもりでも、意味の理解がずれていれば、認識はそろわない。

言葉を正しく覚え、正しく使うことは大切である。

 

知っているつもりが、一番危ない

繰り返しになるが、勘違いや思い違いは誰にでもある。

問題は、間違えることそのものではない。

気付いたときに、素直に認められるかどうかである。

言葉を覚えるとき、使うときに、早とちりや知ったかぶりをしない。

分かったつもりにならず、ゼロベースで身に付ける姿勢を持つ。

これは簡単なようで、意外と難しい。

なまじ知識や経験があると、かえって素直に学べなくなることがある。

「前職ではこうだった」

「誰々さんはこう言っていた」

「自分はこれまでこうしてきた」

こうした言葉が出てくるとき、そこには経験の裏付けがある一方で、頑固さも透けて見える。

もちろん、過去の経験を否定する必要はない。

経験は大切な財産である。

しかし、その経験が今の場面でも正しいとは限らない。

会社が変われば、使う言葉も違う。

業界が変われば、前提も変わる。

時代が変われば、正解も変わる。

いつだって学び直す姿勢は必要だ。

 

「俺は分かってる」に学びはない

「俺は分かってる!」

そう思った瞬間、人は学ぶことをやめてしまう。

そこに素直さや謙虚さはない。

本当に分かっている人ほど、自分が分かっていない可能性を知っているのではないだろうか。

自分の知識が間違っているかもしれない。

自分の理解が古くなっているかもしれない。

そう考えられる人は、学び続けることができる。

謙虚に学ぶ理由は、立派な人間になるためだけではない。

仕事の精度を上げるためであり、周囲との認識をそろえるためであり、無用なトラブルを防ぐためである。

そして何より、自分自身が変化し続けるためである。

思い込みは、誰にでもある。

だからこそ、気付いたときに素直に直せる人でありたい。

 

豊アルケミー株式会社
代表取締役  桐山 宗久